こんな自動車評論家は信じるな!信用できない評論家を見抜くパターン3選

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みなさん、自動車レビュー記事は好きですか?僕も昔から車好きなので、ちょくちょく読んでは楽しんできました。

そうして大人になって、自分自身が自動車業界に身を置くようになって感じたことがあります。それは「大半の自動車評論家は信用ならない」ということ。

彼らは「ジャーナリスト」と称しながらやっていることは決してジャーナリズムではなく、ほとんどがただの「宣伝」だと。まあ冷静に考えたら当たり前です。彼らにとって自動車業界はお客様であり、スポンサー。宣伝しないと仕事もらえませんから。

ただ、そうした背景はあったとしても、評論家と称するならば自分の意見に「責任」を持って記事を執筆してほしいと思っています。あまりにも無責任な記事を書いて、自動車好きをもて遊ぶ評論家が多すぎるのです。

今回は自動車業界がもっと良くなるため、また自動車好きの方が変に評論家に騙されないように、自分の意見に責任をもっていない「信用できない評論家」のパターンを共有したいと思います。

①モデルチェンジした途端、旧型に「実は気になる部分があった」と言い出す

一番多いパターンがこれ。どうしても宣伝のために新型車を褒めたいがために、理由を捻出しているようにしか見えない。

というか、気になる部分があったのなら、そのときに記事にしろ!ユーザーに真実を伝えるつもりはないとしか思えない。誰に向かっての何を伝えたくて評論家になったのか?今一度、自分の仕事を振り返ってもらいたいものです。

古いモデルはとりあえずあら探しする輩には注意

②新型車が出るたびに「ドイツ車に追いつきつつある」と言っちゃうやつ

何年前から使い古したフレーズだろうか?また、その評論家の頭の中には昭和の舶来品信仰がこべりついているのだろうか?

そして、その「追いついたかどうか」の尺度は、極めて抽象的な表現であるのが特徴である。例えば”走り”だとか、「ドアの音」だとか、なんとでも言える尺度でしか述べられていないことがほとんどだ。

いいクルマのドアは贅沢に材料を使用していて、気密性が高いからいい音なんだ!

とか言うアホなことを”自称クルマ好き”も反省する必要がある。我々読み手の頭が弱いから、低クオリティの記事を書く評論家がいなくならないのだ。

「気密性が高い」ことを知りたいなら、気密性を定量的に評価すればいいのに、なぜドアの音という気密性とどう相関があるのかわからない指標で語ろうとするのか?意味不明である。百歩ゆずって相関があるのなら、周波数帯なり音量なりを測定して定量的な議論をしてほしいものだ。

また「ドアは重いほうがいい」と言ってるバカな”自称クルマ好き”も反省すべき。技術者は「いかに軽くて強いものを作る」かに努力をしている。低コスト化につながり、それでいて頑丈さは同じであることが優れた技術力であるはずだ。重いほうがいいわけないでしょう。

こういう思想をしている人は以下のような発言をします。注意しておきましょう。

  • ドイツ車重い・・・重厚感がある、どっしりとして落ち着きがある
  • 日本車重い・・・鈍重、重くてパワー不足、制動力不足

※補足:純粋に「こんなドアの音が好き」ということに対しては素晴らしいことです。ドアの音を「走りが良い証拠」みたいに言うやつが許せないのです。

舶来品好きは悪いことではない。知識もないくせに「日本メーカーは欧州に比べて技術力がない」と言ってるやつはいけない

③原理上劣る仕様を「優れた技術力で〜〜〜を上回るXXXを開発した」とか言っちゃうやつ

どうしても世話になったメーカーのために宣伝を書かないといけないのはわかります。ただ、原理原則として優劣があるものを、特定のメーカーだけひっくり返せるような表現をするのは評論家としてクソすぎると思うのです。

例えばこの記事。一度読んでみてください。(例としてマツダ3を挙げてますが、マツダ3が悪いクルマという訳ではありません。執筆者に問題ありという意図で紹介しています。)

現行アクセラとマツダ3のスペックに見られる大きな違いは、リアサスペンションがマルチリンクからトーションビームへと変更されていることだ。一見するとスペックダウンとも捉えられかねず、実際「デミオ」や「CX-3」のトーションビームは荒れた路面でのドタバタとした動きの要因となっていたのだが、マツダ3のそれは極めてスムーズ。しかも横力にもしっかりとした剛性感があり、ハードなコーナリング時にも絶大な安心感をもたらしていた。従来のマルチリンクも操縦安定性は悪くなかったが、動きのスムーズさでは歴然とした差がある。スペックダウンだなんてとんでもなく、Cセグメントカーとして世界トップクラスのシャシーに仕上がっているのだ。

ここでは原理的に乗り心地やタイヤの接地性に優れる独立懸架のマルチリンクに対して、車軸式のトーションビームのほうが優れていると述べられています。マルチリンクは比較的コスト高になりやすく、高級車やスポーツカーなどの付加価値を要求されるモデルに搭載されることが多いサスペンションです。

普通に考えてみてください。左右のタイヤが互いに影響し合わず動けるマルチリンクとどうしても影響し合うトーションビーム。どちらがサスペンションとして優れているでしょうか?また、これを技術力とやらで差を埋められるでしょうか?何をしようと車軸式が左右のタイヤを独立して動かすことはできないのは自明です。

上の記事は原理原則優劣が入れ替わらないものを「動きのスムーズさ」などという抽象的な指標をもってして優劣をひっくり返しています。評論家を称するなら絶対にやってはいけないことです。

評論家なのであれば、なぜマツダがサスペンションとして劣る「トーションビーム」を採用したか?を考察すべきです。その選択に、マツダがマツダ3をどう考えているかが必ず隠れているはずなので。技術者はコスト、サスペンションとしての性能、室内空間・・・等の色々な軸で考察を重ねて、その決断に至っています。もちろん、その決断は必ず定量的な指標に基づいたものです。決して抽象的なものではありません。その真相に迫るのが評論家としての仕事ではないでしょうか。

ついでに上の記事は①の特徴も満たす信用ならない典型例でした。

また、一昨年に現行アクセラとスカイアクティブ・ビークル・アーキテクチャーのプロトタイプを比較試乗したときは、コーナーへ進入していったときの対角線上の動きに大きな違いがあった。前者もスポーティーで気持ちがよかったものの、入力が強くなってくると対角線方向で揺り戻されるような動きがあった

一方でベストカーの記事。さすがに老舗だけあってか、それともちゃんとした評論家だからか、原理原則に沿った試乗を通して評論家自身の意見が忖度なしに述べられています。

シャシー技術者なら欧州プレミアムが電動パワステにどれほどコストをかけているか熟知しているはずで、このステアフィールで妥協した理由はおそらくコストの問題。
 また、マツダ3のリアサスはトーションビームに変更されたが、これも「コストダウンではない」と主張するなら、乗り心地のクォリティに納得できる成果を出してほしかった
 デザインの魅力を評価するなら、マツダ3は「買い」と多くの人にオススメできる。しかし、ぼく個人としては中身にこだわりたいから、マイカーCX-3の後継車としてマツダ3は「ナシ」。
各モデルは技術者が車のコンセプトに沿って苦渋の決断の上に成り立っている

結論:①〜③に多く当てはまる評論家の記事は信用しないで

世の中がより良くなって行くためには、価値の高いものに対価が支払わなければなりません。価値が低いものにお金が流れると、正しく進化していくはずだった技術にお金が渡りません。技術の発展を阻害しているのです。

そのために、評論家の方々には実際に自分で感じたことをそのまま記事にしていただきたい。さらに技術的側面からメーカー担当者の真意を引き出すことに心血を注いでほしい。そして我々ユーザーは質の低い宣伝記事には決して惑わされず、真実を伝える評論家を評価しなくてはいけない

すべて自動車業界の発展のためです。

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